記者の目:君が代 不起立で処分される教師=湯谷茂樹卒業式で「君が代」が斉唱される約1分間の不起立を理由に今春、一人の東京都立校教師が学校から追われようとしている。卒業・入学式で国旗掲揚・国歌斉唱を実施するようにとの指導が強まり、反対してきた教師が次々に起立・斉唱に転ずるなか、この教師は、自らの良心に従って不起立を貫いてきた。その姿は、周囲をうかがい迎合するのではなく、勇気を持って行動することの大切さを教えているようにも見える。この静かな不服従に東京都教育委員会が免職や停職処分で臨むことは、はたして適切な教育行政なのだろうか。 ●毎日 26日
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最高裁は「学習指導要領の趣旨にかなう」と国歌伴奏は正当な職務と判断しています。
東京都日野市立南平小学校の入学式で「君が代」のピアノ伴奏を拒否して戒告処分を受けた音楽教諭の女性(53)が、「校長の職務命令(伴奏指示)は思想、良心の自由を侵害するもので憲法違反」として処分取り消しを求めた行政訴訟の上告審判決が27日、最高裁第3小法廷であった。那須弘平裁判長は職務命令について「思想および良心の自由を定めた憲法19条に反するとはいえない」との初判断を示した上で女性教諭側の上告を棄却した。女性教諭の訴えを退けた2審・東京高裁判決が確定した。●2007年2月27日 産経
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「君が代」が過去の日本のアジア侵略と結びついており、これを公然と歌ったり、伴奏することはできない。との音楽教諭主張ですが…
この主張に対して裁判官の判断は…
【思想および良心の自由を否定するものではない】
・ピアノ伴奏の拒否は音楽教諭にとっては、歴史観ないし、世界観に基づく一つの選択ではあろうが、一般的には、これと不可分に結びつくとは言えない。
国歌斉唱の際にピアノ伴奏を求める職務命令が、音楽教諭の歴史観ないし、世界観それ自体を否定するものとは認めることができない。
・客観的に見て、入学式の国歌斉唱の際に音楽科の教師が「君が代」のピアノ伴奏は、通常想定・期待されるもので、特定の歴史観・世界観を有すると外部に表明する行為と評価できない。
音楽教諭に対して、特定の思想を持つことを強制したり、禁止するものではなく、児童に思想や理念を教え込むことを強制するものとみることもできない。
【伴奏は職務として妥当】
・憲法15条2項は、「すべての公務員は、全体の奉仕者であって一部の奉仕者ではない。」と定めており、音楽教諭は職務上の命令に従わなければならない。
そして、学校教育法では小学教育の目標として「郷土及び国家の現状と伝統について、正しい理解に導き、進んで国際協調の精神を養うこと。」
学校法の学習指導要領は、学校行事のうち儀式的行事について、「学校生活に有意義な変化や折り目を付け、厳粛で清新な気分を味わい、新しい生活の展開への動機付けとなるような行動を行うこと。」と定めるところ、「入学式や卒業式などにおいては、その意義を踏まえ、国旗を掲揚するとともに、国歌を斉唱するよう指導するものとする。」と定めている。
入学式にに音楽専科の教師によるピアノ伴奏で国歌斉唱を行うことは、規定の趣旨にかない、従来から小学校で行われていることからも、職務命令は不合理とできない。
・「思想及び良心の自由」を理由にして、学校行事という重要な教育活動の場から事実上排除されたり、あるいは各教師に個人的な裁量に委ねられるたりするのでは、学校教育の均質性や組織としての学校の秩序を維持する上で深刻な問題を引き起こし、ひいては良質な教育活動の実現にも影響を与えかねない。
との判断を下しています。妥当と思います。
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公務員の職務の目的・義務
公務員は、全体の奉仕者であって(憲法15条2項)、公共の利益のために勤務し、かつ、職務の遂行に当たっては、全力を挙げて専念する義務があるのであり(地方公務員法30条)、思想・良心の自由も、公共の福祉の見地から、公務員の職務の公共性に由来する内在的制約を受けるものと解するのが相当である(憲法12条,13条)。
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嫌いな物を好きになれと言っているのでもなく、ただ、嫌いな事でも仕事だからやりなさいと言っているに過ぎない。
あのお客さんが嫌いな物を想起させるから、対応しませんで成り立つ仕事の方が少ないと思いますが…
公共の利益については、個人の利益を否定する物ではなく、むしろ公共は多様な価値観の集合体と考えると、その大多数の各個人の利益に集約されると思いますが…
毎日新聞社では自分が嫌と「良心」で判断したら、業務命令に従わないことは「勇気」とされるらしい。
すばらしい会社ですねw
